Dec 04, 2010

コンピュータの修理に出す

コンピュータの修理出すというのはそれなりに気をつけることができることを知っているか。下手すると、データを失うことがあるので、こういうところに注意しておかなければならないのではないかと思う。それでもなお、コンピュータを修理突然しなければならない場合が多いので、バックアップが正常に取っておこう。
ドラゴンネストは、韓国で開発された韓国、日本などで運営されている基本的に無料のオンラインゲームです。多くのプレーヤーがネットワークを使用してロールプレイングゲームをすることです。アニメ、コンピューターグラフィックス風の立体的なグラフィックスパーソンシューティングタイプのゲーム。韓国ではドラゴンネストに夢中になるあまりに、死亡者も程度です。ゲームは正常にリラックスしていただけます。
 隣席の同僚や後方座席の上司と直接言葉を交わさず、ほとんどメールでやり取りするなんて、今や常識だ。多くの職場では、もっともっと恐ろしいことが平然と起きている。

 大手エレクトロニクスメーカーA事業所でのこと、そろそろ管理職定年(56才)を迎えるB課長が出張から帰りPCを立ち上げると、部長からメールが入っていた。「明日から課長職を外れてもらう。今後は部付きとする」。そのうち口頭で示達があると思っていたら、一切沙汰がない。後任への引継ぎ、今後の部付担当業務の内容や心構えなど、部長から本人へ話すことが山ほどあるはずなのに……。Bは自分の処遇をこのようにメール1本で処理されるほど、過去部長との関係が悪かったわけではないと言う。当然この出来事のうわさは広がり、従業員のモラールに影響する。しかし不思議なもので、この種のうわさは下に広がるが、上には行かない。従って、部長が本件で上から注意をされて反省する機会はまずない。

 同メーカーのB事業所では、関係者が管理データをいつでもオンライン検索できた。例えば、業績に関するデータとして部署ごとの業績結果、そこに到る製品原価構成、原価低減状況、仕掛状況、作業効率などを、また営業受注案件に関するデータなら顧客状況、商談の状況、受注案件の進度状況などなどを検索できた。関係者は、必要な場合データを検索し、関係者とメールで連絡を取る。便利といえば便利だが、それが習い性になっているため、状況説明や、指示や依頼事項などの微妙な内容が、メールで伝わり切らない場合があっても、関係者は一向に気にする気配はなく、直接コミュニケーションを取ろうとする様子はあまりない。考えてみると、A・B事業所ともに根っこは同じ所にあるのかもしれない。

 中堅情報機器メーカーC社で、定期職制変更と管理職人事異動があった。人事示達方法について過去トラブルがあったため、役員会で取り決めをしていた。人事が承認された日のうちに該当役員から当事者へ内示をし、翌日の各部門の朝礼で周知徹底をすることにしていた。しかし、今回の異動についてD取締役は配下の該当者に内示をし忘れた。異動の当事者たちは、翌日あちこちの朝礼で自分たちの名前が挙がっているのに驚き、2、3日後にDに伺いを立てた(即刻伺わないところが、これまた問題でもある)。Dは「あっ、忘れていた、すまん」の一言で、悪びれた風が全然ない。当事者の心情を全くくみとっていない。

 C社でDのミスを「またか」という雰囲気で重視されないということは、C社に相当根深い情報障害があり、組織の機能不全や社員のモラール低下が恒常化している証と言える。

 中堅の電気製品販社E社が、人事評価に成果主義を導入した。従業員全員に1年間の業務目標を上司と相談して作成させ、1年後に上司はその成果を当事者と確認し合って評価を決定するシステムである。しかし業務目標作成時も、最後の評価時も、ほとんどの部署で上司は部下との面談を一切しようとしない。社内のモラールは下がりっ放しだ。

 情報は、「真の情報」でなければ成り立たない。形だけの情報がまかり通っている企業は、従業員のモラールが失われる。組織が体をなさず、やがて組織が破壊される。

 真の情報であるための「条件」がある。

 まず、「心」が伴わなければ情報ではない。例えば、前掲のA事業所の人事異動の場合、異動当事者に「事実」が流れただけ、C社の場合は「事実」さえ流れない。しかも、それを流す側も受け取る側も「事実」についての経緯、解釈、思い入れ、期待などなどが度外視されている。これでは、新人事、新組織の下でスムーズな業務が遂行できるわけがない。E社の場合も、管理者は部下の心をおもんぱかることもなく効率を考えるだけ、日頃の上下関係がうまく行かないし、業務にも支障をきたすだろう。B事業所の管理データについても、いくら詳細なデータだろうが、数字や簡易表現だけを見て関係者とやり取りしたのでは、それだけのこと。数字の裏にある苦労や困難や障害、あるいは達成感など心の機微を感じながら、報告や依頼や指示を出すのとは大違い。業務の進み方に差が出る。

 「真の情報」として成り立つための2つ目の条件は、現場から「生」のままを収集しなければならないということだ。A事業所、C社、E社いずれの場合も、管理者は部下と接触していない。むしろ、接触を避けている。これでは、部下の生身の状況を把握できない。

 B事業所にしても、経営者から担当者までPC画面上の数字だけをにらんで判断するのではなく、管理データ確認のためにしばしば現場に足を運ぶ苦労をいとうべきでない。そこには、数字に表れない血の通った現実を発見できる。

 「情報の多さをもってしても、顔を合わせないことを補うことはできない。顔を合わせることは、ますます必要になる。……肌で知っていることが必要である。……信頼しあっていることが必要である。」(P.F.ドラッカー「明日を支配するもの」ダイヤモンド社)

 条件の3つ目は、自分に都合の良いことより、むしろ自分にとって都合も耳障りも「悪い」内容に関心を持つべきで、そうするとP.F.ドラッカーも指摘する内部情報に偏ることなく、「外部」情報に重きを置くこともできる。A事業所、C社、E社いずれも、経営者や管理者は相手の立場がまったく念頭にないし、B事業所の管理データもほとんどが内部データだ。彼らすべてが自分自身のこと、内部のことしか考えていない。自分以外や社外に関心を持ち、目を向けなければ、有効な情報は収集できない。

 問題は、「真の情報」にとって必要な条件をどのように満たすか、その方法論である。まず何よりも、トップの姿勢が大前提だ。企業人は雇われ人、トップの姿勢を常にうかがっている。トップは、「情報」には心を入れて、生の状態で収集し、しかも都合の悪い情報や外部情報に大いに関心を持つという方針を貫き、機会ある毎に示し、範を垂れ続けることだ。

 まず心の入った情報について、今更古い話は退屈だろうが、昔は会社や職場行事として運動会、スポーツ大会、芸能大会、あるいは講演会、研修会、勉強会などが開催され、その行事の準備や行事そのもの、行事後の懇親会などで、無礼講の交流が行われ、上下や仲間との意思の疎通が図られたものだ。またその機会に上司宅へ押し掛けたり、仲間と飲み交わしたりして、腹を割って話ができた。そこに、情報に心がこもる下地ができた。娯楽が少なく、時間を持て余していた昔と今は比較できないが、今は自然発生的にそんな機会は生まれにくい。そういう機会が失われた今、経営者や管理者は機会を意識的に設定する努力を殊更しなければならない。それは、経営者・管理者・総務勤労部門の責務だ。

 次に、PCに向かってさえいれば仕事をしている、机に座って指示を出していれば仕事をしているという風潮がある。とんでもない、PCから離れて、席を立って、社内外の現場に足を運んで、人々と言葉を交わしたり、生の現場の実態を目にしたり触ったりすると、数字だけからは見えなかった、あるいは形式的面談からは見えなかった状況が見えてくる。トップ、経営者、管理者は、合言葉のように「現場に足を運べ」と言い続けるべきだ。

 さらに、社内のデータシステムに、内部情報だけでなく、外部情報も十分盛り込むようにシステム設計をすべきだ。例えば、営業の失注や顧客先の占有率減少情報などを担当部門は隠したがる。営業情報には失注した背景や、取引先の受注占有率推移なども詳細に入るようにフォーマットそのものを設計すると、隠しようがなく、外部の動きはよく判る。

 情報が真の情報たるには、トップの姿勢がすべてを決める。

その上で、情報処理の仕組みに工夫をすべきだ。それが、やがて企業風土となって根付いて行く。そうすると、本物だ。【増岡直二郎(nao IT研究所)】

(ITmedia エグゼクティブ)
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