Sep 12, 2009
水害にあったコンピュータの修復
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県内で生産されているほとんどのランの切り花を集めた「沖縄のラン切花展」(国営沖縄記念公園主催)が15日、本部町の海洋博公園熱帯ドリームセンターで始まった。23日まで。
同公園で切り花展の開催は初めて。会場にはデンファレやオンシジウム、バンダなど41品種66点が並ぶ。来場者は一つ一つの花をゆっくりと眺め、切り花の美しさを堪能していた。
同公園植物課の長田尚子技師は「ランの展示は鉢物が主だったが、切り花の良さも知ってほしい」と話した。期間中は、先着50人に切り花のプレゼントもある。
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終戦直後の沖縄で食糧難の沖縄住民を救うため550頭の豚を届けたハワイ勇士の物語が、ハリウッド映画化に向けて動きだしている。中心となっているのは米国ハリウッドで活躍するメークアップアーティストの佳緒里・ナラ・ターナーさん(77)ら。佳緒里さんは「人類愛にあふれた話。絶対に映画化して世界中の人に伝えたい」と意気込んでいる。
佳緒里さんは多くのハリウッド映画の製作に携わるトップアーティスト。2005年に米ロサンゼルスで開かれたミュージカル「海から豚がやってきた」の制作に関わった際、豚の話を知った。「この素晴らしい話を知らなかったことが恥ずかしい」と感動し、映画化を考え始めた。
台本はミュージカルで演出を担当した演出家・振付師の池内美舟さんに依頼。完成次第、資金集めや監督探しに取り組む。
池内さんは「沖縄のゆいまーる精神が素晴らしい」と話す。ミュージカルを企画した実行委員会の浜端良光さんは「海外の人にも分かりやすい話だ。映画になることで国内外に伝わるはず」と期待している。
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中城湾港泡瀬地区沖合埋め立て(東部海浜開発)事業の工事が再開したことに、日本自然保護協会は14日、「生物多様性の損失を拡大し、持続可能な社会の形成とは乖離(かいり)し、将来の次世代に禍根を残す埋め立て事業を即刻中止すべきだ」とする抗議声明を出した。
声明では、1区域工事で周辺の干潟や海草藻場などに甚大な影響が出ており、再開は「『影響がない』とした環境アセスメントに反する行為」と指摘。昨年の生物多様性条約締約国会議の議長国として、「経済合理性のない公共工事を強行したことは国際社会からも認められるものではない」などと批判している。
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第5回世界のウチナーンチュ大会で来県し、親族の情報を求めた県系人ら3人の願いが15日までにかなった。祖父の墓参りを実現したニューカレドニア3世の男性と、父の思い出とともにいとこと対面を果たしたハワイ2世の女性は、本紙での情報提供の呼び掛けが親族との対面のきっかけになった。米国在住で豊見城市出身の女性は中学時代の友人と約55年ぶりに再会。ウチナーンチュ大会を背景にした県系人と県民の絆のドラマはクライマックスを迎える。
ニューカレドニアから来県し、親戚を捜していた県系3世のエミリアン・コーキさん(64)が14日、いとこの前県婦人連合会長、小渡ハル子さん(83)=那覇市=と初対面した。15日には親戚の集まりに参加し、祖父の墓参りもした。エミリアンさんは「長い間、捜していた。会えてとてもうれしい」と目を潤ませた。小渡さんは「おじいさんに顔が似ている」と長い年月、距離を超えて会えたいとこを感慨深げに見詰めた。
初対面がかなったのは、エミリアンさんが祖父外間幸基さん(故人)=帰国後、宮城恒基から改名=の情報と親戚を捜しているという14日本紙記事がきっかけ。
2人の祖父、外間幸基さんは北谷間切屋良村で農業をしていたが、農地を売り、沖縄に妻と子ども3人を残して1905年にニューカレドニアに渡航。農業や漁業をしながら一緒に暮らしていた女性との間に6人の子どもをもうけた。しかし、41年12月8日の真珠湾攻撃で敵性外国人と見なされ逮捕、収容され、46年に日本に強制送還された。
外間さんが強制送還された後に生まれたエミリアンさんは、祖母から外間さんのことを「とても親切で優しい人。家族思いだった」と聞いて育った。会ったこともない祖父や沖縄への思いは募った。「遠くてもつながりがある。詳しいことが知りたい」。そう思い祖父の情報を求めていた。
一方、沖縄に帰ってきた後も外間さんは「ニューカレドニアの次男が自分を迎えに来る。ニューカレドニアに帰りたい」と口にしていたという。
15日、小雨が降る中、外間さんの墓参りをしたエミリアンさん。「どこにいるのかも分からなかった。やっと会えた。たくさんの親戚にも会えたのも誇りだ」。祖父が眠る墓を見詰めた。
外間さんがニューカレドニアにいた40年間、一家を支えるため苦労した小渡さんの祖母・ウトさんの感情は複雑だったという。小渡さんは「それでも、祖父が残した孫に会いたいと思った。どこにでも親戚がいると思うとうれしい」とほほ笑み、今度は沖縄からニューカレドニアを訪問することを約束した。
(玉城江梨子)
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